Dec 11, 2008

円高で国内旅行もいいです

現在は円高で海外旅行に目が向いているかもしれません。しかし、国内旅行も非常に良いです。日本は縦に長い国土を持つ国なので、国内旅行でも、様々な景観を楽しむことができます。今はインターネットで、国内旅行のご予約も簡単に安価に行うことができます。早めに申請込めば驚くほど安価な豪華な旅行に行くことができます。
卒業旅行を聞いて、私はもう縁がない年齢になりましたが、お勧めスポットです。ここでは、大学卒業時の話ですが、卒業旅行くらいにしないといけないような場所に行くのがおすすめです。してはいけないのは、時間がたくさんと行くことができない場所です。就職後も、お金さえあれば行くゴトマンウン避けていいですね。
●2度のビハインドに追いつく
 上背も横幅もひと回り以上デッカイ米国選手に何度も吹っ飛ばされながら、2度のビハインドにも意気消沈することなく髪を振り乱してはね返し、PK戦に入っても、スタミナも気力も最後まで切れなかったなでしこジャパン。
 顔面蒼白(そうはく)の米国選手と比べて自然体のなでしこたちが涼しい顔でゴールを決めれば、GK海堀あゆみ(24)が3連続でゴールマウスを死守し、そして主将の沢穂希(32)が、W杯トロフィーを高々と掲げる――。
 女子日本代表がドイツで開催された女子W杯決勝で世界ランク1位の米国と対戦。2―2の同点からPK戦を制して初の世界女王に輝いた。
 世界ランク4位の日本代表は、過去5大会のW杯で1995年のベスト8が最高だった。それが準々決勝でホスト国のドイツを破り、完全に上昇機運に乗った。
 準決勝では強敵スウェーデンに完勝。過去24戦して0勝の米国には直前まで「快進撃もここまで。99%の確率で負ける」といわれながら、なでしこジャパンの初世界制覇に一夜明けても日本中が大興奮である。
 決勝戦を中継した米国テレビのアナウンサーが、「まさに日本のシンデレラストーリー」と話したが、なでしこの選手たちは、19日朝に成田空港に着いた途端、女子サッカーを取り巻く状況の激変にビックリしたハズだ。

●年間予算はちょうど50万円
 ドイツ女子W杯が開幕する前、日本代表で知名度があったのは大黒柱・沢くらいなもの。ドイツ戦で決勝ゴールを決めた丸山桂里奈(28)、スウェーデン戦2ゴールの川澄奈穂美(25)、米国戦1ゴール1アシストの宮間あや(26)の名前を一体、何人の日本人が知っていただろうか? 当然のことながら、1981年に香港で開催された第4回アジア女子選手権出場のために女子日本代表が初めて結成されて以来、W杯を初制覇するまでの30年間、ひたすら「赤貧生活」「注目度ゼロ」に喘いできたことを知る人は皆無だろう。
 86年に初代女子専任代表監督に就任した鈴木良平氏(ドイツサッカー協会公認S級コーチ)が、「当時の日本サッカー協会の女子サッカー年間予算は、ちょうど50万円でした」とこう続ける。
「それも女子代表の強化のためではなく、年に一回の全日本女子サッカー選手権の開催運営費の名目でした。国内合宿を行うにしても、海外に遠征するにしても、何よりも現金が必要でした。そこで三菱重工サッカー部OBで女子サッカー連盟の理事長だった森健兒、吉田泰知の両氏の口添えで三菱自動車社長に面会。“女子代表のパンフレットを作ります。つきましては法外な広告料を出していただけませんか”――と直談判しました。相場5万円ほどのところを300万円出していただき、それを合宿や海外遠征の費用に充てました。あと海外遠征の場合は、滞在費を支給してくれる大会を選んで参加しました。しかし、それでもお金が足りないので渡航費など遠征費の半分を選手全員が自己負担したことがありました」
 海外遠征先の宿舎がゴキブリだらけだったり、シャワーは水しか出なかったり、現地の食事が口に合わなかったこともある。だからといって、まともなホテルに泊まる金もない。
「東南アジアに遠征した時には、現地日本人会を通して日本企業の駐在家族の協力をいただき、選手数人ずつを自宅に招いてもらって食事や風呂のお世話になったこともあります」(前出の鈴木氏)

●「硬くて噛み切れない」
 93年のJリーグ発足や男子日本代表W杯初出場(98年)などでサッカー協会の金回りもよくなり、待遇も改善されていったが、男子のように海外に専用機で移動したり、専属コックが帯同したり、豪華ホテルの1人部屋が与えられることもない。W杯に優勝しても男子の特別ボーナス3500万円に対して、女子は150万円ポッキリ。協賛企業のキリングループが「代表選手21人に1人当たり100万円」の支給を決めたが、これまでの女子代表が経験してきた苦労を思えば「他企業も奮発してやって」と言いたくもなる。
 元なでしこジャパン主将でサッカー協会の野田朱美理事(41=日テレ・ベレーザ監督)が、「選手たちは本当に頑張りました。彼女たちは女子サッカー界全体のためにプレーしている。自分のためだけ、と思っている選手はひとりもいない。それがなでしこの本当の強さです」と前置きして言う。
「ほんのひと昔前まで合宿でホテル暮らしなんてとんでもなく、合宿所で雑魚寝が当たり前でした。千葉・検見川で合宿することが多かったのですが、そこで肉料理が出されるたびに“またケミ肉が出たよ”と選手で話していました。硬くて硬くて噛み切れないことも多かったです(笑い)。女子代表は一気に強くなったのではありません。ずっと積み上げてきたものが、今大会につながったと思います」
 なでしこ狂騒曲が日本中で吹き荒れているが、W杯優勝には女子サッカー30年の歴史が詰まっているのである――。

(日刊ゲンダイ2011年7月19日掲載)
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